言葉もライフスタイルの変化で変わるのだ

先日10月の終盤に文化庁が一部の幅広い年齢層の人を対象にして、いろんな単語や慣用句などの意味を知っているかという問いを出し、それの分析結果を公表していた。

殆どの人が日本語の解釈を間違えた文章

例題に出されている単語や慣用句は憮然とか砂をかむなどが取り上げられていたが、大半の人は間違えた解釈をしていたと報道されていた。
この意味を知っているかの問いは毎年単語や慣用句を変えて色んな年齢層の人に聞いているらしい。
それはそうとここで個人的に気になることが出てきた。
それは正解だとされている意味はいつの時代を基準にして出したのか?ということである。
正解を決めたのは文化庁あたりであることは容易に想像がつくが、言葉というのは時代とともに変化をしていくものである。
単語や慣用句の一部はすでに古代や中世の時代とは全く違う意味で定着しているものもかなりある。
だから間違えて解釈している人が多いと報道されたときに、個人的にはとてもイラつくのである。

正しい日本語の基準は本当に正しいのか

いつの時代を基準にして正解を出したかは知らないし、それに関しては報道もされてないので、なおさらイラついている。
もし文化庁あたりが戦後のある時期を基準にして正解を出したとすれば、それ以前の戦前や古代中世の時代に違う意味で解釈されていた単語や慣用句は間違えてることを示唆しているからだ。
言い換えれば昔の人が間違えていて、戦前や古代中世から見れば未来の人である戦後の文化庁が正しいのだと宣言していることになってしまう!!なのでこの間違えたとか正解だと言っている時点で文化庁は何様だ!!と一喝したくなってくる。

正解・不正解ではなく時代により解釈が変わっているだけ

もし報道するなら昔はこうだったが、今はこう解釈している人が増えてきたと報道し、正解とか間違えたとかの表現はしないほうがいい。
それとこれだけ過半数以上の人が文化庁の解釈とは違う意味でとらえてるので、もはや文化庁が正解だとする意味で解釈せよと無理やり戻すこともできないであろう。
だから多くの辞典編集者は過半数以上の人が解釈している変化したほうの意味で1番目に書くべきだと思う。
そのうえで昔はこうでしたと2番目以降に書くほうがいい。
それのほうが辞典を購入した人のためにもなるからだ。